人間がものを造る以上、その背景には人間の驕りがある。まして、この経済不安のなかで活路をもとめるがゆえに、経済最優先の大義名分に押しつぶされて、コストと利潤の奴隷になることをいささかも恥じなくなってきている。一年後、二年後のことなどどうでもいい。いま売れるものをつくれ。誤解されてもこまるが、食品偽装や食品汚染の日常化は、我々もの造りの人間にとっても、さほど無縁の遠い世界のこととは言い切れない。
日本酒をとりまく環境は、相変わらず厳しい状況が続いている。アルコール飲料をとりまくライフスタイルの変化や消費者の心変わりに、本質をすり替えてきた日本酒。目先のブームや業界の仕掛けに右顧左眄した結果、日本酒が知らず知らずのうちにたどってきた道である。話題になるのは、清酒復興のきっかけになれば、という掛け声でおこなわれるイベント的、スポット的な仕掛けだけである。
わずか25年、この酒造りに足を踏み込み、いいたい放題であった私も、この春をもって引退することになった。その間、心に残るご指導いただいた方、忌憚なくご意見をお寄せいただいた方のお顔を次々と思い出す。酒を通じていろいろ学ばせていただいたことに心から「ありがとうございました」。
最後に与えられた機会に、一番言いにくいこと、言えば自分のやってきたことを否定してしまうこと、でも言わなければずっと後悔するだろうこと、を書かせていただきたい。
消費者の志向は「純粋化」に向かっている。言いかえれば「本物志向」である。消費者のニーズというものの基本はそこにある。昭和18年に試験的に認められたアル添は、戦後の米不足の時代を乗り切る妙法であったし、腐造を克服する救済策であった。弱い酒もアル添でごまかすことができる。このことが日本酒の本来の姿、純米酒をないがしろにしてきた。昨今、お客さんから「醸造用アルコール」ってなんですか?という問いかけが増えてきた。国酒である酒に、なぜ外国産の廃糖蜜やキャッサバを添加するのですか?日本酒なんでしょう?
無ろ過生酒が話題になっている。活性炭処理をしない酒のことである。そもそも消費者には、活性炭なんぞという秘密兵器は関係ねえ、話なのである。上原浩先生の言葉をお借りすれば、「酒は炭で美味しくはならない。不味い酒がいくらか飲みやすくなるだけ」だ。鑑評会では、酒の色は減点対象。そこに淡麗辛口が拍車をかけて、活性炭を使うお化粧、矯正の技術が生まれた。本来、化粧しなければ女性は見られないという偏見と同じで、炭をかけなければならないというのは、酒造家の恥である。
アル添も鑑評会も、淡麗辛口もそれぞれの時代を築いた功は否定しない。ただ、その便利な言葉が酒のうまさを放棄させた。日本酒ばなれを食い止めるために、米の味や香りを消す方向に血道をあげてきた、としか私には思えない。
いまさら誰の責任とも言いたくない。ただただ酒を造ってきた私自身の反省である。国の政策によって保護されてきたひ弱な業界。今の日本酒に「伝統文化」はない。あるのは日本酒の拡大解釈の横行である。
若い人たちよ。もう一度日本酒の原点を考えてほしい。守ってほしい。伝えてほしい。
長い間、拙い文にお付き合いいただきましたこと、お腹立ちになられました内容について心から御礼とお詫びを申し上げます。
執筆者プロフィール
安達 醇(あだち じゅん)
新潟県長岡市出身 60歳
早稲田大学第一政治経済学部、大阪府立大学農学部卒業。
バイオ化粧品の研究・開発等、微生物学関連の業務に長年従事してきた。
現在、住乃井酒造の製造部長として山廃酒母および商品の研究・開発に従事している。
題字は本人
絵は取締役 山本政道
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